しかし、見慣れたはずのけしからん本の女性が、すべてイト子に見えてしまった。
悪魔め!。いや、女神・・・女神さま。
いやいや、俺のうちは仏教だよな。
仏教にも天使っているのかな??
目を閉じると、けしからん本と同じポーズで微笑むイト子が出現する。
やっぱり悪魔だ。
もう、何も手に付かなくなり、何もかも放り投げ、逃げ出したくなった。
夕方まで呆けて過ごし、バイトへ向かう。
高校生(♂)の家庭教師が当時のバイト。
コンビニなんかまだまだ無かった頃、大学生のやるバイトは、夏休みの土方か家庭教師と相場が決まっていた。
デブだけど頭の回転が速い俺の教え子は、もうすぐ母校になる俺と同じ大学を目指していた。
既に高校のカリキュラムでやるべき所は終え、自分で勉強してわからないところにしるしを付けて、週に二度来る俺に質問をぶ
つけてくるのが俺たちのやり方。
非常にできの良い生徒だったし、楽な割りに自給が良かった。
親に挨拶して、我が教え子の部屋をノックして中に入る。
いつも身奇麗にしている母親も、今日は色褪せて見える。人間って現金なものだ。
「こんばんは、先生。これお願いします。」と、ノートを開いて差し出してくる。
「こんばんは、生徒くん。どれどれ?」
ノートを見ながらゆっくりと思考に沈んで行く・・・はずが。
なんだこれは。
考えれば考えるほど、わからなくなる。
知っている式のはずなのに。
思い浮かぶのは、イト子の脚、うなじ、おしり。
消えろ。頼む、消えてくれ。
教科書・参考書を駆使し、ようやく解にたどり着くも、いつもの俺ではないのを敏感に感じ取っていた生徒君。
「なんかあったの? 先生。」
「・・・・ちょっと調子悪いかな。」
また問題に取り掛かるも、眠気覚ましの紅茶を母親が持ってきたとき、俺はついにギブアップした。
「すみません、今日は少し体調が悪いみたいで・・・早めに帰らせてもらいます、今日の分のバイト代は辞退しますから。」
「あら? 先生、お風邪でも? 暖かくして下さいね。お帰りになるなら、せめて電車代位は収めて下さいな。」
ああ、なんて良い親御さんだ。卒業したら感謝状を贈りたい。
電車代より少し多い位の額を恐縮しながら受け取り、足取りも重く帰路へついた。
自動販売機で二個買った日本酒のワンカップをずるずるすすりながら歩いた。
一つ目を飲み干し、二つ目を半分ほど飲んだ頃、ボロアパートの窓に灯りがともっていたのが見えた。
心臓が早なる。
暖かそうな灯り。
けれど、今夜も色々なものに耐えなければならない絶望が黒く俺の心を支配する。
このまま、誰か友達の家へ行こうか、と考えたが。
足はゆっくりとだが、自分の最早住み慣れたアパートへと向かう。
「俺くん、お帰りなさい。早かったね??」