・夜、AとBを近くのファミレスに呼び出し、用紙数枚に署名してもらった。
・帰宅後、嫁だけケジメをつけない訳にはいかない。と緑の紙を出した。
・証人欄にはAとBの名前がある。
・…解りました。と嫁は躊躇なく名前を書いた。覚悟を決めていたようだ。
・明日、朝一で一緒に出しに行くので出かける準備をしておくよう指示した。
・何も言わず嫁は頷くだけだった。俺は寝室へ向かった。
・暫くすると嫁が来て、最後に…と肌を寄せてきた。俺はそれに応えた。
・朝、区役所の始業時間に合わせ緑の紙を一緒に提出した。
・受付には知人がいたため、何度か念を押されたが、そのまま提出した。
・提出後嫁に、今日は一日付き合ってくれと言い、区役所を出た。
・その足で映画館に入った。その後少々お高い蕎麦を食べ、水族館へ
向かった。
・嫁も途中で気付いたようで、開き直ったかのように楽しんでいた。
・最後に喫茶店に入った。ブレンドとカフェオレをメニューを見ずに
注文した。
・頼んだメニューまで…。と嫁が呟いた。
・そうだな。と答え、嫁と歩んだ13年間の事を反芻していた。
・此処で…ですよね。プロポーズしてくれたのは?嫁も覚えていた。
・俺は答えなかった。この13年間、そのほとんどの時間、嫁は俺の妻では
なかった。裏切りの象徴でもある娘もいる。でも、怒りが湧いてこない。
・俺自身の答えはとうに出ていた。緑紙を出したのも俺自身のケジメだった。
・ありがとう。最後に楽しい思い出をありがとうございます。でも、俺さん
ちょっと酷いです。最後のデートコースがプロポーズの時のコースだなんて。
・あぁ、俺自身に対するケジメだったからな。
・そう言って俺は嫁の前に赤い紙を広げた。
・結婚してくれないか?
・そう言うと嫁は、何故?なんで?どうして?と狼狽え、私にはそんな資格が
ありません。と言いながら涙を流した。
・正直、嫁にも、間男にも、全てに対して怒りが湧いてこない。嫌悪感も
無い。許す、許さないじゃなくて、気にならないんだ。今までの事も
こうした方が一般的だよな?なんて考えた末の行動だ。常務からの手紙も
何も感じなかった。見せるべきかどうか?それだけだ。
・世間の常識から言えば、嫁からも慰謝料を取って離婚して娘の籍もぬいて
新しい、裏切らない女を探すべきなんだろう。
・ただ、俺に怒りの感情が戻った時、誰がそれを受け止めるんだ?怒りを
向ける相手に連絡もつけられないで、俺にどうしろと言うんだ?
・湧き上がってしまった怒りを、俺一人の中で消化できるとは到底思えない。
・だから、嫁に傍にいてほしい。いつDVするかわからない男の傍に。
・俺を壊した責任をこの紙と共に取って欲しい。
・嫁は何度も頷き、赤い紙に署名捺印した。
・証人欄にはAとBの名前がある。
・時間は16時半をまわっていた。俺は泣き止まない嫁を促し、区役所へと
向かった。
・受付には知人がいた。何も言わずに赤い紙を提出すると、笑顔でおめでとう
ございます。と言って緑の紙を返却してくれた。
・知人には無理を言って、終業時間を越えてから緑紙を処理をしてくれるよう
頼んでいた。
・こちらこそありがとう。と言い、嫁の目の前で両方の紙を破り捨てた。