昨夜あれから親父がやってきた。
朝方まで親父と話した。
嫁が俺の実家に行き、親父に全て話した。
すみませんと泣きながら必死で訴えたそうだ。
嫁の実家と俺の家はほんの20メートルほどしか離れていない。
物ごころついた時から俺の傍には嫁がいたような気がする。
俺も嫁も一人っ子だったことと、母親同士が仲が良かったことも理由。
俺は母親によく言われていた「あんたはお兄ちゃんなんだから嫁ちゃん守ってあげなきゃ」。
実際こどものころ嫁はいつも俺の後をついてきていたような気がする。
待ってー○○兄ちゃん、とか言いながら。
子供特有の少しだけの気恥かしさや悪戯心で、わざと早く歩いておいてきぼりにしたりもした。
でも嫁が本気で不安がって俺を呼ぶ声はわかったんだよな。
そんな時は血相変えて全力で駈けもどったりした。
大丈夫か?嫁?とか言いながら。
今にして思えば、まるで子犬や子猫のじゃれあいのような幼少期だった。
びっくりするような話かもしれないけど、俺と嫁のそんな関係は嫁が小学校の高学年になるまで続いた。
実際そのころまで嫁は俺のことを○○兄ちゃんって呼んでた。
俺が地元の公立中学に入学したころからそんな関係は変って行った。
嫁の身体に変化が訪れ、急激に子供から大人の女性の身体に変わって行く過程の中で。
ちょうどそのころに俺の母親が死んだ、癌だった。
あっという間にやせ細って行って、そもまま逝っちまった。
俺の母親が逝ったことによって、いよいよ俺と嫁の関係は疎遠になって行った。
たまに道で会ってもお互いによそよそしい挨拶を交わす程度。
俺が高校3年の春に嫁の父親が倒れた、急性骨髄性白血病。
俺と親父が見舞いに行くと、嫁と母親が付き添っていた。
親同士が話していたので俺は病室の外に出ていた。
嫁もしばらくすると出て来た、本当に久しぶりの俺と嫁は二人だけの時間が流れた。
突然嫁の表情が崩れ、俺に取りすがって泣いた。
「お兄ちゃん、お父さんが死んじゃうよ…」
嗚咽が病室に漏れないように必死で我慢しながら、ひとしきり泣いていた。
俺と嫁はその後再び連絡を取り合う様になった。
俺は不安そうな嫁を支えたい一心で。
俺は大学に入学してしばらくして嫁に交際を申し込んだ。
付き合って欲しいって。
高校2年の嫁は最初キョトンとしていたが、すぐに笑顔になって「うんいいよ、お兄ちゃん」
って言ってくれた。
まるで俺と交代するようにして、嫁の父親はその後すぐに亡くなった。
嫁の家は決して豊かとは言えない環境だったから、十分な治療が出来たのかどうかはわからないが。
通夜の前日に俺は自宅に戻り、嫁と母親の手伝いをした。
蒼白な表情で、無口な嫁を一生懸命に気遣いながら。
質素な葬儀が終わり、人気のなくなった会館でやっと解放された嫁は泣いた。
俺に必死で抱きつきながら。
思えば俺はその時に決心したような気がする。
嫁の父親に代わって、一生嫁を守ろうと。
その後しばらくして嫁と母親は、家を売り二駅離れた場所にあるちっぽけなアパートに引っ越した。