まず、基本的に引き抜き行為はご法度である事。
勿論ご法度とは言いつつ実際には引き抜きは各所で行われているのだが
A社からすればエンジニア不足の昨今で貴重な、しかも粗大ゴミでは無く「使える」エンジニアであるK君を
引き抜かれたら、問題にならない筈は無い。
実際に知ってる範囲でも引き抜き先会社と元会社で裁判沙汰にまで発展するトラブルになった事も聞いていた。
現実的なラインとしては、まずはK君がA社を退職する。
そして転職先として、「たまたま」弊社を選び、面接試験を受け突破し採用、という
非合法ギリギリの方法が検討されたが、今度は弊社の問題が懸念となった。
弊社の人事部は、ハッキリ言って無能のゴミ捨て場である。
社長や社長と親しい上層部の親族、関係者など、所謂コネ採用されたは良いが現場でも営業でも事務ですら使い物にならず
仕方無く総務課で飼っているという状態。そして総務課は人事部も兼任している。
恥ずかしい話だが、別チームでK君を引き抜こうとした際と同様のやり方をした事がある。
話を人事部に通していたにも関わらず、引き抜こうとしたエンジニア(Yさん)は「スキル不足」「我が社の社風に合っていない」という理由で不採用になった。
Yさんは既に元所属会社を退職しており、Yさんは騙し討ちされて元会社を辞める羽目になった。
当然Yさんは滅茶苦茶に怒り……口約束とは言え約束を破った弊社は、大きく信用を損ない、Yさん含め数人の優秀なエンジニアから見限られ現場を去られ
プロジェクトに支障をきたしまくった。炎上案件になり、赤字を出して当時のチームリーダも責任を取り降格、そして自主退職という結末になってしまった。
弊社の馬鹿な人事部をどうするか、K君は面接受けが良さそうなタイプでは残念ながら無かったので、どうしたものか。
A社に色々違約金を払う事を前提で話を通すのか……しかし違約金という損失が出る事を上層部に了承を取れるのか……
作戦会議は難航した。
その間にも生活苦か心労らか、参画時は小太りだったK君は、どんどんとやつれていった。
食事にも何度も誘ったが、遠慮されて断られる事も多かった。
ある日、K君が珍しく自分から俺に話しかけてきた。
「今日、仕事が終わったマクドナルドに行くんですよ」
「へぇ、そうなんだ。マック好きなの?」
「はい、子供の頃から好きなんです。今日は早めに仕事を終わらせて、○○(駅近く)のマックに行くつもりです」
その言葉通り、K君は仕事を定時少し過ぎに終わらせて、彼にしては早目にオフィスを後にした。
それが、K君を見た最後となった。
週が明けてもK君は出社せず、やっと連絡を取れたA社の担当も「こっちも連絡取れないんですよ、迷惑しているんですけどねぇ!」と
イライラした様子で逆ギレされた。
心配していたのだが、上司に警察から連絡があった。K君の遺品から弊社の上司の名刺や弊社のネームプレート、
緊急連絡先として弊社上司と事務の電話番号が書かれたメモが出てきたので、事情を聞きたいという。
K君は日曜日の夜に公園で亡くなっていた。
朝になって遺体を発見され、状況から考えて自死だったという。
社内は騒然となった。今まで修羅場は幾つもあったが、プロジェクト中に自死者が出たのはさすがに初めてだった。
A社の担当営業が事情を説明したい、というので時間を取ったが、A者営業は挨拶もそこそこに
「で、交代要員は如何いたしましょうか?現在動けるエンジニアとしては、この様な人がいますが……」
などと、A社の要員を紹介し始めた。彼女の様子からは、K君を悼む気持ちは微塵も感じられなかった。
俺もキレて怒鳴りつけようかと思ったが、その前に上司がA社営業を怒鳴り散らした。
お前らには人の心が無いのかと。
そしてK君から聞いていた窮状についても問い正したが
「我が社での評価がそうだっただけです」
「こちらの事情に口出さないで貰えます?」
「これ、パワハラですよ?」
と、心底面倒臭そうに不貞腐れるだけだった。
A社営業を追い返し、その勢いでA社責任者に理由を説明して今後一切取引はしないと告げたが
「あっ、そうですが。困るのはそちらでは?それでは」という感じだったそうだが。
コロナ禍での影響なども色々あって、当時A社から派遣されていたのはK君だけだったので
弊社みたいな小寄りの中小企業など、面倒な取引先が切れて寧ろラッキーなぐらいだったのかも知れない。
コロナの影響を色々受けて弊社でも人員削減などをしていたが、それでも直接雇用したい程度には
K君は優秀なエンジニア、少なくとも弊社にとっては必要な人材だった。
何故彼みたいな人間が、A社みたいなどうしようも無い会社に酷使され、使い捨てられなければならなかったのか。
コードが丁寧だったK君。
設計も卒なくこなし、他メンバーへのフォローも嫌がらずきっちり対応していたK君。
寝泊まりしているマンガ喫茶では、「まどマギ」や「みなみけ」の漫画を繰り返し読んでいると話していたK君。
本当に、本当にやるせなかった。
K君が亡くなって数ヶ月後、弊社をK君の母親が訪ねてきた。