でも今思い返せば俺達は兄貴の能力にすがりっぱなしだった
兄貴は学生の時うちの仕事以外にバイトしていた
姉や俺の財布が寂しくなると兄貴は「今度あそびに行くんだって?ほれコレで美味いもんでもみんなで食え」とかと簡単に金を差し出した
姉貴たちも兄貴から金を借りたりしてたけど兄貴は執拗に金を返せと言うことはなかった
兄貴がいつかこんな事を言ってた
「俺は金を貸すときプレゼントするつもりで渡してる。俺達は姉弟だし平等だわ。貸した方と借りた方で上下関係が生まれるのは俺の好みじゃない」
このはなしを聞いた時、俺は馬鹿なお人好しだなあくらいにしか思ってなかった
親は兄貴に家を継がせるといつも言っていた
俺も姉貴たちも間違いなくそれが良いと感じていた
兄貴が継げばどう考えても今よりは良くなるはずだったからだ
親は兄貴が高校進学する時に船の高校を薦めた
最新の技術を兄が学べばより良くなるだろうと言うことだった
実際に兄は学んだことを学生時代から実家へ持って帰り家業へ活かしはじめた
その当時、インターネットで魚介類を販売するなんて発想をしていた漁師なんて兄貴くらいなもんだったろう
パソコンなんてやっと家庭へ普及し始めたくらいの時だ、漁協にもパソコンが1台か2台くらいしかない時代に兄貴はパソコンで漁業をやろうとしていた
兄貴がどんどん最新技術の提案を繰り返し実家の売上は物凄く伸びていった
他の漁師の家からうちが不正をしているのではないかと疑われたくらいだった
何せ船のスピードが他の家よりも圧倒的に速かった
当時の漁船はまだまだ縁起や見栄などで非効率な構造をしていたけれど兄貴は船を新しく作るときに造船所と色々話し合い高性能低燃費な船を設計させた
漁船のエンジンの規格は各漁場でルールがありその範囲で使用しなければならない
スピードを他の家よりも上げようと思えばエンジンはほぼ同じなので船体を良い物にすれば良い
しかし他の家はそれが理解できていなかったのでエンジンへ不正な改造が施されているのではないかと疑ったんだ
その時は兄貴が講習会のようなものを開き、そして公正な検査を公開で受けたことで結果的に容疑は晴れた
兄貴は地元の漁業に最新科学という革命をもたらした
兄貴が大学へ進み、俺は名前さえ書ければ入れるような地元底辺の水産高校に通った
兄貴が俺からすると謎すぎる研究をしている時に俺は遊んでた
兄貴がたまに俺へ技術のメカニズムを説明するけれども学校で習ってる内容と全然違うし全く理解できなかった
「お前はもっと本を読め。俺の本棚から好きなの持っていって良いから」と言われてたものの1度も読んだことは無かった
タイトルからして小難しそうな兄貴の蔵書は全く読む気がしなかったからだ
兄貴の元へは地元のベテラン漁師が意見を求めに来るほどだった
近年の機構の急激の変化によって海流が変化しそういった細かいデータを持っているのは兄貴くらいなものだったからだ
兄貴は疑われた過去なんか気にせずに、むしろ「ベテランとの会話は勉強になる」と喜んでた
そんな兄貴だから地元での評価も高かった
兄貴は大学を卒業し就職した
「外の世界を見たほうが実家の経営にも役立つだろ」と言って
兄貴が就職した先はいわゆる3大商船の大手で地元の漁師たちはおらが村が生んだ天才と宴会が開かれみんなで喜んだ
兄貴は自分で働いて稼いだ金を相変わらず無欲にもほとんどを実家へ入れていた
「本とか研究に使うもんだけ買えりゃ良いわ」と楽しそうに言っていたのを今でも覚えてる
俺は実家で働いていて貰ってた給料はほぼ全額使ってた
この辺りから姉貴達の兄貴への当たりが厳しくなっていった
コレは俺の勘なんだけれども理由はたぶん姉貴達の結婚相手のせいだ
何せ義理の弟は海のエリートで年収も物凄くある
それへ天狗になることもなく休暇中は実家や地元の他の家の仕事を手伝ったり、
若い漁師に船の免許の勉強を教えたりして評価も高く、やんちゃやってた連中も兄貴には頭が上がらない感じだったんだ
義理の兄達から見れば男としての差が圧倒的すぎた
自分達は土木やらライン工やらと底辺みたいな仕事をしつつも給料は兄貴ほどない
兄貴はギャンブルをやらないし酒も付き合い程度にしか飲まず、
唯一浪費と言えるタバコもそこまでヘビースモーカーというわけでもなく、
コーヒーに合うからと自分で紙巻いて作る何だか洒落たやつだ
そのくせ「僕今までお義兄さん居なくて欲しかったんですよ〜」と持ち上げ気分を悪くさせない言動を取る
実の弟の俺ですら比べられたくないと思うのに義兄という立場なら更に感じてたことだろう